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『空白の期間にあったこと』

ちょっと、気分の沈む話題なので心の調子が良くない人は読まないでね。
ブログに書いといて、何を言ってるんだって感じだけども。
ごめんね。



ここに書いても仕方のないことなんだけど、
2ヶ月前に叔父が急に亡くなって。



独身でひとり暮らしだったから、連絡が取れなくて心配したお友達が預かってくれていた合鍵で家に入ってくれて、亡くなった叔父を見つけてくれて、警察を呼んでくれて、近くに住む私に警察から連絡がきて。
知らない電話番号の電話には出ないから、近くの警察署の刑事を語る人からの簡易留守録を聞いた時には、
夫に何かがあったんだと思って、ひどく取り乱して、ほとんどパニックを起こして。
折り返し電話をしたけど、なぜか携帯の調子が悪くて、何度かけてもこちらの声があちらに届かなくて話が出来ず。
「そうだ」と思って夫に電話を掛けてみたら、全然元気な夫が電話に出て「もしかしたら詐欺の電話かもよ」って。
とにかく安心して。
そうだ、相手は携帯の番号から掛けてきてるし、こんなの詐欺の電話だわ、落ち着かなきゃって。


それから30分後くらいに、また着信と留守電が入ってることに気が付いて。
留守録の向こう側の人は叔父の名前を出して「連絡をください」と言うから、直感が働いてもう普通ではいられなくて、その直後に帰ってきた夫に警察署の電話番号を調べて電話をしてもらって、叔父が亡くなったことが分かって。



そこからは、本当に怒涛の日々で。
ほとんど夫とふたりで葬儀の準備からその後のことまでして。
書き始めればキリがないほど色んな事を決めて、色んな事に出くわしては、ひとつずつ終わらせて。
実際は、家の処分のことや檀家なのでこの先のことなど、これからやらなきゃいけない事がまだまだあるけど、
私は法定相続人ではないし、行政書士を頼んだりして、難しいことは私自身の手から離れたから大丈夫なのだけど。



やらなきゃいけないことに追われながら、それとは別に動かされる感情に襲われる日々で。



例えば、
叔父の家で冷蔵庫の中にあった買ったばかりのお惣菜や食べかけの朝ごはんを見つけて、
その時は「腐っちゃう前に捨てなきゃ」って、やらなきゃいけないってことに焦点は合ってたんだけど、
フトした時に、その光景を思い出しては感情が持っていかれたり。
最近初期のガンが見つかって、外科手術をして成功して、無事に退院したよって電話がかかってきたけど、
咳がとまらねぇんだって調子が悪そうだったのに、気になってたのに、様子を見に行かなかったな、
その前に、癌が発覚したって連絡もらった時だって、私、頭がおかしくなっちゃったからビルの上の方の階へ怖くて行かれないんだよね、あと、薬に体が過剰反応するようになっちゃたからワクチン打ってなくて、病院的に手術の付き添いも出来ないかもしれないから先生に聞いてみてくれる?
なんて言ったことを、後から後から思い出して。



「今はコロナだから、みんな手術も入退院も誰も付き添わないのが普通なんだってよ」
ってその後に言われたけど、
警察から病理検査で病院へ移送されて、担当の先生や看護師さんとそこで初めて顔を合わせた時に、
コロナ禍でもそんな事はなくて「家族はみんなワケがあって誰も来られないんです」と言ってた事が分かって。
入退院の時も、仲良しのお友達が車でしてくれていて、お見舞いにも行ってくれていた事が分かって。
あぁ、なんて私は自分の体調のことしか考えなかったんだろうなって。
身も心も弱くなっている病気の人に、気を遣わせてしまっていたんだなって。




今になって色々考えて後悔したって仕方ないのは分かってるし、
叔父が入院していた病室は19階だったから(景色は良かったけど、怖いくらいだったと言っていた)実際私はどう頑張っても、夫が一緒でも、そこへは辿り着けなかっただろうし…だろうし…
それでも、頭で考えるより、考える隙がないくらいの時の方が人は行動できるのかもしれなくて、
病院の霊安室の家族室が1階だったけど、広い広い病院の奥の奥だったけど、すぐに外に出られるような場所じゃなかったけど、行くしかなくて、そこに居るしかなくて、結局行くことは出来たし、そこに随分長い時間居られたもんね。
忙しすぎて、ずっと外食だったし。
人がいる所に行きたくないとか、そんなことを言ってる時間はなかった。
でも、コンビニにお夕飯を買いに行っても、化学調味料の入ったものを食べると離脱症状が悪化する私には、食べられるものがほとんどなくて、自分で自分に疲れる時もあった。
ただ、本当に申し訳ないことをしてしまった。



ツイッターを少しお休みして、生存確認的に過去ブログだけをいくつかツイートして、
復活したと見せかけてコメントを非表示にして、DMも閉じて、
「なんか感じ悪いなー」
って状態になっているのは、こんな理由からでした。
誰も気にしてないと思うけど、自分が気になってしまって。




心のね、余裕が本当になくなってしまって、
全く眠れなくなってしまったりもして(もう今は眠れるよ!薄情だな!)
いつもの事だけど、夫がいなかったら何ひとつ、物理的に移動すらできなかった状態だったけど、
離脱症状!ベンゾ!離脱症状!ベンゾ!」と言っている私でも、それはそれは色んな事ができたよ。
人はみんな優しくて、分からないことは問い合わせたらちゃんと教えてくれるし、
教えてもらった事は逐一メモに残していかないと綺麗さっぱり忘れちゃう記憶力の悪さに泣けてきたけど、
ひとつずつやっていけば、ひとつずつ終わるし。
時々、問い合わせに適当に対応する人がいたりして、それに対して一瞬で怒りが沸点に達してしまったり、感情のコントロールが難しい時があって、これでは誰かと一緒に働くことはまだ出来ないかもしれないなって思ったり。
それでも、私は回復したんだなと気付かされる事が多くあリました。



人って急に亡くなっちゃうことあるよね。
それが頭で分かってるつもりなんだけど、やっぱり分からないね。



あと、葬儀とかおかしなお金のかかり方で「何これ!?おちおち死ねない!」って思ったよ(笑)



生きようね。



そんなこんなな空白の期間。
ちなみにタイトルの『空白の期間にあったこと』は、
ネコムラが好きな、柴犬のマルちゃんと息子さんの一茶くんのお茶丸コンビの暮らしなどを綴ったブログが、
最近数年の時を経て復活した時のブログのタイトルから頂戴しました。
こんなド暗いブログのタイトルに使ってしまうのを迷ったけれど。

癒されるブログです、ぜひ◎
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