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一気断薬 ① (2017年7月中旬~8月上旬)

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【ほぼ一気断薬をしたお話①】

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薬を飲み始めた原疾患は「パニック障害 」です。


2017年7月中旬

・レクサプロ 10mg/夜1回
レキソタン 1mg/朝1回


5月末に仕事を退職。
その後、在籍していた派遣会社から、
国保の切り替えに必要な用紙が2ヶ月以上送られて来なかった為、5月末を最後に病院へ行かず。


『家にいるし、飲まなくてもいけるな』
『このまま薬、辞められるかも~』
『でも発作が起きたら恐いから、5錠くらいは残してと…』


と、手元にあった1ヶ月分を、
途中から1日置き、2日置き、3日置き…と服薬する感覚をあけて、
7月中旬頃に、レクサプロを完全に辞める。


頓服で出されていたが、毎日飲んでいたレキソタンも、
人と会う時・乗り物に乗る時以外はやめていたので、ほとんど飲まず。
その時の気持ちとしては、数日置きに飲んで辞めたから、全く問題はないと思っていた。
が、いま思うと、一気断薬となんら変わりない。
知らぬが仏状態。



2017年8月上旬


各駅停車を乗り継いで、私の中ではちょっと遠くまで、一人で電車で行った日。
ここで久しぶりに、電車内で大きめの発作を起こし、そこからは休み休みバスやタクシーを乗り継いで用事を済まし、帰宅。
次の駅まで5分以上かかる電車に乗ってしまったのと、
ひとりで遠くまで頑張りすぎたな…と反省。


先日の発作から、2日後。
数駅離れた友人宅へ各駅電車に乗って行った帰り、
電車が止まり、再びパニック発作
電車内はガラガラだったが、10分程動かず。
停車直後、いつもならまだ仕事中の旦那さんに、一か八かで電話をすると、
たまたま仕事が早く終わっていたので、通話。
会話していてくれたおかげで倒れず、
なんとか次の駅で降り、車で迎えに来てもらえた。
(その後、車掌さんが乗車していなかったとのアナウンスがあったことを知り、衝撃を受ける。頼む、乗ってて。)

何も知らずに20年ほど飲んでいた薬をほぼ一気断薬した話② - ネコムラ・ベンゾジアゼピン ・ドットコム。

駅と人混みと離脱症状とマンゴージュースと私。

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毎日、ブログを書こうと思うんですけど、億劫で。

書きたい事はたくさんあれど、書き始めるのが億劫で。

ブログだけじゃない、何もかもが億劫で。

 

 

せっかく書くなら誰かの為になるような事を書きたいと思うけど、書けないし。

何で書けないかと言えば、断薬して2年が経つけど離脱症状が全然治らないからなわけで。

そんな私が、誰かの為になるようなブログを書けるわけがないわけで。

でも、日々の何でもない事とかでも良い様な気もして。

自分もそういうブログに、救われたり救われなかったりしたし。

あぁ、今日もブログ書かなかったな、書きたい事あったのにって、

そんな感じの毎日。

頭の中では毎日私は飽きもせず、色んな事を一日中考えていて。

 

 

唐突だけれど映画を観るのがとても好きなのですが、

離脱症状の急性期後にテレビを観られるようになってから今日まで、

(画面の眩しさに恐怖を、音にも恐怖を覚えてテレビが観られなかったのです)

ボチボチと週に何本か映画を鑑賞する日々を送っています。

元気な時から映画館へ行くというよりはレンタルビデオ店で借りたものを

自分のペースで家で観るのが好きなタイプなので、本当の映画好きではないのかもだけど。

あと「元気な時から」って書いたけど、

元気な時って言っても精神科やメンタルクリニックで処方されていた薬を飲んでいたから、

今思えば、全然元気なんかじゃないけど。

もう、そこで人生つまづいちゃってたんだなって今なら分かるし。

 

 

で、映画。

家で映画を観ていると、

自分の過ごす世界とは良くも悪くも、まるで違う世界へ連れて行ってくれるので、

現実逃避ができて、心が救われる時が多くあって。

映画、ありがとう!

なんて思ったりするんですけど、

映画を観てる時もストーリーに集中している反面、

離脱症状の症状らしい”ジッとしていられない病”が出るので、

頻繁にリモコンで一時停止を押してはテレビの前から離れたり、携帯を見たり。

離脱症状は好きな事ですら、真っ向から向き合わせてくれない。

映画を楽しんでるのに頻繁に一時停止して他のことをし始めるなんて、

ホント、普通に考えておかしい。

それでも最近は中座することが少なくなったし、集中できる時間が増えてきたから、

自分でも気が付かない程度だけど、少しづつ良くなっていってるのだと思う。

 

 

こんな感じの普通に考えておかしい状態が山の様に現れるのが、

離脱症状のなせる技だと思っているのだけど、

その症状って、本当に離脱症状

私の場合は、原疾患のパニック障害の症状なんじゃないの?

と誰か、誰だか分からないけど誰かに言われそうだけど、断じて違う。

 

 

もちろんパニック発作を起こしたり、

発作を起こすから電車に乗れないなどの元々と変わらぬ症状もあるけど、

こんな風に体と頭がおかしくなる前の私は、

高いところが好きだったし、すぐに外へ出られない閉鎖的ところも全然平気だった。

高速道路が怖いなんて、

踏切を渡って向こう側へ行く事が怖いなんて、

人が怖いなんて、

ひとりで外へ出られないなんて、

ましてや自宅から離れる事が怖いなんて、そんな事はなかった。

 

 

あ、でも高い場所にあるお店に恐怖を感じて行くのがイヤだった事や、

身体中に激痛が襲って病院へ行った事も数回あるから、

「断じて違う」なんて言ってはいけないか。

病院を変える度、薬が変わったから、

その都度都度の離脱症状だった気もするけど。

 

 

そんな私が今は自宅(3階)や実家(4階)以外の建物の2階以上へ行く事は、ほぼ出来ない。

2階へ行くことやフロアが広い建物に入る時は、

すぐに外へ出られる事が分かる状態、

自分のさじ加減でその場から動ける状態が確約されなければ、基本行かれない。

自分が外へ出たい!と思った時に、外へ出られる状態必須。

外、安全。息が出来るから。そんな感じ。

何これ、変なの。

こんな症状、元々なかったよ。

 

 

「あそこは行かれない。ここなら行かれる。」

これは、一から十まで行動を共にする夫や、時々会う友人と会う時の行動も制限してしまう。

本当はどこへだって一緒に行きたいし、何も考えず楽しさだけを味わいたい。

でも、行かれない。

自分でもなんでか分からないけど、怖くて仕方ないんだ。

だぶん脳がバグってるから、仕方ないんだ。

 

 

高い所から景色を眺めるのが好きだったから、

高層マンションの下の方の景色ゼロの階に住む人の意味が本気で分からなかったけど、

いまは、私のような人もいて、

世の中には本当に色んな人がいて、

様々な事で悩んだり、苦しんだり、ツラい思いをしてる人がいるんだなって事を、

身を持って理解できるようになった。

それは良かった事だけど、こんな感じで人の痛みや弱みが分かるようになる前に、

知らなきゃ、気がつかなきゃいけなかった事だと思う。

でも、元気な時には分からなくて当たり前なのかな。

まぁ、何度も言うけど、私は本当の元気ではなかったけど。

 

 

薬を飲んでいても自分では至って普通だと思っていたし、

大きな発作が起こる事ももう何年もなかったし、

いわゆる「寛解」って言われる状態がずっと続いていたから自分は本当に普通で、

鬱病の友人の状態を見て大丈夫かな〜?と思ってたし、

職場の鬱病の人の言動を見て、あの人本当にヤバイな…と思ったりしてた。

でも、私だって薬でごまかして、

むしろ年々自分で自分の事も誤魔化しきれなくなってきてたから、

傍から見たら、私の方がヤバかったのかも。

 

 

 

時々ツイッター上に沸いて出る、

『駅のエスカレーターの片側を開ける必要なし。歩く人危険!歩いたらダメ!』

駅側も危険度や輸送力から2列に並ぶ事を呼びかけているようだけど、

その場から一刻も早く離れたい私は、

歩かないと怖くて仕方ないから、エスカレーターでも歩いてしまう。

変でしょ。分かる、分かるよ。意味分からないもんね。

だって、自分でも意味が分からないんだから。

でもね、自分でどうにも出来ないこういう心の問題を抱えた人がいるのも事実。

気持ちを分かって欲しいというよりは、こういう事実がある事を知って欲しい。

なんて傲慢かもしれないけど、ツイッターでこの話題を見掛けると毎度ツラくなる。

まぁ、現実はどんな場所でもとにかく階段を探すから良いけどね。

 

 

 

 

昨日の日曜日の夕方。

夫の用事に付き合って、いつ振りか分からないくらい久しぶりに、

駅と駅ビルへ行きました。

そう、みんなが普通に利用している、駅と駅ビル。

 

 

初めて行くその駅まで家から小一時間、そこまでの移動は車。

近くのコインパーキングに車を止めて、

2路線が通るその駅は大きな駅ビルも2つあって駅前は程よく賑わっていて。

まずコインパーキングから駅まで数分、歩けるか分からないけど、とりあえず歩いて。

クリア。

ここ数日の暑さより過ごしやすい気温の中、バスロータリー上の広場でしばらく人を眺める。

良かった、落ち着いていられる。

クリア。

あぁ、広い空が気持ち良いな。

先日の鉄分を間違えた方法で摂取事件から体調が微妙で、ずっと引きこもりだったから

たくさんの人を見たのが本当に久しぶりで。

そのたくさんの人たちはみんな、

普通に歩いて、普通に買い物して、普通に駅やバス乗り場へ向かっていて、

もしかしたら、

不安に押しつぶされそうになりながら、必死で歩いていた人もいたのかもしれないけど、

とにかくみんな普通に見えて。

いいなーって。

各々悩みはあるだろうけど、ひとりで普通に歩けるっていいなーって。

知ってる?私、一人だったらここ駅前に、立っている事もできないんだ。

 

 

 

夫が「西口から東口へ移動したいんだけど、移動する通路歩ける?」と。

気分も良かったしとりあえず行ってみて、人混みの中、階段を登って

(エスカレーター、今は苦手だからね)

その先東口の出口まで100mくらいだったかな、たった100m。

たったの、100m。

 

 

怖い。

体中が熱くなって、息が上手く出来なくなってきて、あぁ、これはダメだ

残念ながら、ダメです、ダメみたいです。

発作が、発作が起きてしまう。

周りを見ないようにしながら、

夫につかまりながら、慌てて通路の外へと向かう。

 

 

一気に体に熱がこもってしまい落ち着く為に、

駅ビルの外から出入りできるパン屋さんへ入って、休憩。

 

 

”外へすぐ出られる、お客さんのいないパン屋さんで休憩。”

 

 

夫はアイスコーヒー。

私もコーヒーを飲みたいけれど、カフェインが発作を誘発してしまう可能性が高いので、

ここで飲めるものはオレンジジュースかマンゴージュースの二択。

 

 

甘いパンを2人で分けて食べて、それが凄く美味しくて。

あぁ、幸せだな。危険回避だったけど外でお茶するなんて、幸せだな。

二択のうちから選んだマンゴージュースは、

よくアジア料理屋さんで出されるマンゴージュースと同じ甘さで。

あぁ、タイ料理さんとか、外食したいなって。

不安な事とか考えずに、

気楽に友達とその辺で待ち合わせしたりして、ご飯食べに行って笑いたいなって。

いまはコロナで制限があるから、元気な人でも気楽に行かれないけど。

 

 

仕事帰りにルミネに寄って、

7階だったか6階だったかにある本屋さんでマンガも本も雑誌も買って。

ルミネカードの割引きの期間だから、下の階の洋服屋さんや雑貨屋さんも見て、

今日は地下の成城石井で、30%オフになってるお惣菜でも買って帰っちゃおう。

そうしよう。

 

 

なんて事のない、そんな過去の日を定期的に思い出す。

私はたくさんのものを、失ってしまった。

大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、

本当にたくさんのものを、離脱症状によって失ってしまった。

 

 

今が幸せじゃないわけじゃない。

むしろ、離脱症状急性期の恐怖しか存在しない地獄のような日々を思えば、

生きているだけで幸せ。

だけど、普通とは言い難い日常に、

何で自分がこんな事になってしまって、こんな毎日を送らなくてはいけないのか?

果たしてこのままで生きていく意味はあるのか?

と時折、心も体もほとほと疲れ果ててしまうことがある。

 

 

昨日は、

パン屋さんで体を冷やして落ち着いた後、

少しお店を見ることが出来たので、忘れていたそれらの楽しさをに心が踊り、

その反面、離脱症状希死念慮からではなく、

こんな普通の事も出来なくなってしまった自分の事を思い、

「あぁ、もう終わりにしたいな」という考えが心に浮かんだ。

 

 

 

振り返ると私は20年ほどの服薬のうち、

だいたい10年でその効果が薄れてきて、頓服を毎日複数回飲むようになったりしていたから、

今40代で、頑張って80代まで生きることができたとしたら、

10年毎に薬の量を増やして、あと大雑把にカウントするとあと4回薬の量を増やせば

普通に過ごせるなら、それも選択肢としていいんじゃないか?

こんなに体と頭が壊れてしまった今さら、何かしらの薬が効けばの話だけど。 

いや、いまはまだやらない。

 

 

このブログを書き終えるまでに途中クッキーを焼き、また書き進めて、

ご飯を作り、シャワーを浴び、ごはんを食べて片付けをして、

明け方まで床で寝てた。

いまは、次の日の午後。

吉川ひなのちゃんとりゅうちぇるの、コラボインスタライヴを見た午前中。

自己肯定感に始まり、涙と笑顔が溢れる素敵な言葉が行き交いう画面を見て、

よし、と気持ちが前を向いた。

 

 大丈夫、私は元気です。

 

 

 

 

減薬、断薬後から体に熱がこもるようになりました。

こんにちは。

今日は2021年6月19日土曜日、東京はシトシトシトシトと雨模様です。

 

 

韓流ドラマの『愛の不時着』を数日でドガッと観て、ドバッとハマりました。

離脱症状引きこもりの日々にハマる連続ドラマがあると、

続きが観たい⇒明日が楽しみ⇒ワクワクする⇒元気でる!

の良い循環が生まれるので非常に良いです。

急断薬後に実家に引きこもっていた時には、母オススメのイギリスドラマ

ダウントン・アビー』にハマり、減薬時のツラい日々の支えになりました。

連ドラ、オススメ!

突然の、オススメ!

 

 

で、

毎日温度も湿度も高くなってきて、

ちょっと郵便局へ行くとか、

ちょっと図書館へ行くとか、

ひとりでも行かれる場所でも、

行くのが少し怖いなぁと思う季節になってきました。

 

 

なぜなら、

減薬、断薬後からなぜか身体の熱が上手く発散できなくなっているからなのですね。

いつもだけど、何この症状。

 

 

これも自律神経がバグっているからなのかな?と思うのですが、

気温と共に体が暑くなってきて、

通常だと汗と共に体温調節がある程度出来ると思うのですが、

私の場合は脇の下の汗だけがジャンジャン出て、

その他、体からの汗が全然出なくなってしまって、

結果体がホッカホカのホックホク。

蒸し立てのじゃがバターみたいになります。

美味しそうだな。

ではなく、熱中症のような感じ。

(ちなみに脇の下の汗は薬を飲むようになってから、

常時ドバドバ出るようになりました)

 

 

それで、ある程度の時間が過ぎてもまだ体がホッカホカだと

今度は顔から頭から全身からザッバー!

と大量の汗が出て、更年期のホットフラッシュ的様相になります。

え?私、滝に打たれた?ビッショビショだけど、傘忘れた?

 

 

年齢もあるのか、年々暑さもだんだん分からなくなってきていて危険。

そんな去年の夏、ツイッタ相互フォローの方が

熱中症の予防には手のひらを冷やすのがいいと聞き、早速保冷剤を握る」

「冷やし過ぎは良くなく、15℃くらいが丁度良いという」

(↑鍵垢なので抜粋させてもらいました)

とツイートしてらして『保冷剤!』と膝を打ち、

その日から暑くなると保冷剤を持ったり、脇に挟んだり、肘の内側に挟んだり。

外へ行く時はポケットに忍ばせて。

 

 

1年経ってその存在をすっかり忘れていましたが、

ハッ(゚Д゚)!!と思い出し今年も大活躍してくれそうなので、

備忘録としてもここに記しておこうと思いました。

 

 

保冷剤が汗をかいてビッシャビシャになるのを防ぐため、冷たすぎを防ぐため、

&食品を冷やす時もあるので、脇に直接挟んだの嫌だなー自分でも。

なので、小さな手ぬぐいを巻いて使っています。

色の褪せた年季の入った手ぬぐい。

もうちょっとちゃんとした手ぬぐいで写真撮れば良かったな。

ほぼ、ないけど。

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お弁当?お土産?これ、美味しいの入ってる?

 

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正解は、小田原城が描かれた渋い保冷材でした。

 

 

お店でもらう保冷剤ではない⇩下のタイプは、

あっという間に溶けて冷たさが緩むのでその時々で使い分けています。

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イカの輪切りも持っていたのになくしてしまった…って、どこで?

 

そんなこんなで梅雨〜夏が来るけど、少しでも体が楽に過ごせますように。

 

【追記】

暑い時に首を冷やすと気持ち良いのですが、

首は冷やし過ぎる/ずっと冷やし続けていると、

離脱症状が悪化というか、

体調自体が下降気味になってくるので要注意です。

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