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【レクサプロ・レキソタン断薬後の記録|3年目】離脱症状発症後の通院や高齢両親の理解

以前に書いたブログの
画像が消えてしまって
それを直しつつ
過去記事を読んでいたら



自分で書いたものなのに
胸がギュッとなりました



時々
過去記事に
追記を書いていて



そして書いたことを忘れて
「こんな事を書いてたんだ」
と今日みたいに
びっくりすることがある



この過去記事の追記に
気付かれることは
あまりないだろうなと思い
コピペしてみました



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《2022年|断薬後追記》


ひとりになることが
とにかく怖くて怖くて
仕方なかったですね
あの感覚は
どう説明したら伝わるのか…



怖くて気が狂いそう
不安で気が狂いそう
というか
狂ってましたね



後に両親から
この頃の私のことを
「全く笑わないから
 やっぱりいつもと
 違う状態なんだと思った」
と言われました



恐怖と不安以外の感情は
消えていたような記憶です



夫も忙しすぎて
この頃はどうやって
暮らしていたのか
思い出せないと言います



みんなに助けをもらって
何とか命を繋いだような
日々でした



薬をやめて
離脱症状という
状態になっていると
両親には伝えましたが
70代という
世代もあると思いますが
お医者さんが言うことは絶対
薬を飲めば病気は治る
という考えが根底にあり
理解を得ることは
難しかったです



「近所の町医者だから
 そんな事になったんだ
 大学病院へ行った方がいい
 専門医に診てもらった方がいい」



と何度も言われました



この頃は
ひとりで外へ出ることが
全くできなかったので
かかりつけの
メンタルクリニックへ行くのも
夫の手を借り
診察も一緒に
受けてもらった記憶です



医師は離脱症状だと言う
私の言葉を完全に
否定していたので
離脱症状以前の通院と同じく
ただ薬をもらうだけの
通院が始まりました



たった一ヶ月で
今までと様変わりした患者が
目の前にいるというのに
なぜ医師はそれを
診ようとしなかったのか?
患者の声に耳を傾けて
くれなかったのか?
不思議でした



自分の診察や判断に
狂いはないという
自信があるのは
その話しぶりから
分かっていましたが
今まで薬を処方するだけの
1分診療で診ていた患者の事など
正直覚えていなかったのだと思います



1分診療の積み重ねでは
それまでと
見た目、話し方、怯え方などが
どんなに変わろうと
分からないですよね



実家にいて
夫が側にいない時間に
錯乱状態になったら
両親は必ず救急車を呼んでしまう
そうすれば搬送された先で
色々な薬を投与されてしまう
と思い



『長年飲んでいた 
 ベンゾジアゼピンを
 断薬して離脱症状を
 起こしています
 急を要する場合以外は
 ベンゾジアゼピンを投与するのは
 やめてくださいお願いします』



と書いたメモを
お財布の中の
保険証に貼っていました



本を読み始めたり
映画を見始めたりしましたが
最初は文字が読めない
映画を見ても何も感じない
理解が出来ないなどでしたが



毎日リハビリのように
それらに接することで
感情が動き始め
文字も少しずつ
読めるようになっていった記憶です
良いリハビリになりました



ただ、笑うということは
いちばん最後だったかな
映画を観ても
悲しみや不安には心が動くのに
楽しさが分からなかったり
基本的に心が凄く
平坦な状態だったのを
覚えています  



そしてある日
実家で日テレ系の「イッテQ」を
ボーッと眺めていた時に
森三中さんと
いとうあさこさんを見ていて
突然笑いが止まらなくなり
涙を流しながら笑いました



この時から感情が
戻り始めたのか?
は覚えていないのですが
今もイッテQを見ると
笑えて元気をもらえます



笑うって
当たり前のようで
当たり前じゃなくなる時が
あるんです



でも
また笑えるようになる日が
来ると思います



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